バイバイした話。
- 雪山ゆき
- 2020年5月13日
- 読了時間: 6分
郵便屋:男女どちらでも可。芝居がかった慇懃無礼な口調の人物。 購入希望の男:普通の男性?2、30代くらい。 郵便屋:やあやあ皆様こんにちはごきげんよう。本日はこの郵便屋が、本当にあった辛いはなしをお聞かせいたしましょう。 本当にあったかどうかは、皆様の判断、心の余裕、そしてご気分次第でございます・・・。 購入希望の男:・・・ん?玄関のチャイムか?休日だっていうのに一体誰だろう?・・・はーい!いま出まーす! 郵便屋:こんにちは、わたくし、郵便屋と名乗る者でございます。 購入希望の男:・・・?郵便屋? 郵便屋:と言っても、便宜上そう名乗っているだけで、正式な郵便屋ではないのです。 なんと言いますか・・・、運んでいるだけなのです。 購入希望の男:そ、そうか・・・。ええと、悪いがそういうセールスみたいなのは断ることにしているんだ、悪いな。 郵便屋:なんと!なんとなんとなんと!わたくしのことをなんと表現されました!?セールス!? 購入希望の男:お前はそういうつもりないとか、そう言われるのが不快とか、そう言うんだろうが、こっちも暇じゃないんで。 郵便屋:なんとなんと!あなた様はお時間がない!?これは都合が良い!いやいや、あなた様はお時間がないので都合が悪いのでしょう。 それを「良い」と言うとは失礼。しかし!セールスと言われたからには、セールさせていただきましょう! 時間がないあなた様に耳よりな情報を!今回は情報だけなので出血大サービス!・・・と言っても出血は致しませんのでご安心を。 今回は初回限定、タダで情報を提供致しましょう!これではセールじゃなくなりますな!なーんちゃって! 購入希望の男:え、ええと・・・?なんだお前? 郵便屋:ん?ですからわたくしは便宜上、郵便屋と名乗る者でして――― 購入希望の男:いやいや、そういうのを聞いたんじゃないんだが・・・。 郵便屋:とにかくですね、なんとわたくしは、色々な方から物を買い!物を売る!そう、言わば物々交換をして回っている者でございます。 購入希望の男:物々、交換・・・。 郵便屋:欲しい物はなんでもお売り致します!そう、なんでも!ただし、代わりと言ってはなんですが見合った物を頂いております。 転売ヤーみたい?なんとなんと!失礼な方ですね!わたくしは、郵便屋!そう名乗っております・・・。 確かにDVDorBlu-rayの初回限定版とかも売りますけども!そう言われて蔑まれても仕方ないかもしれませんが! 購入希望の男:いや、なんにも言ってないんだが・・・。よく喋る奴だな・・・。 郵便屋:とにかく!あなた様の欲しい物は、形ある物から形ない物まで!お売り致します! まあ、ざっくりしていても良いので取り敢えず手始めに、あなた様の望みはなんでしょう? 購入希望の男:まるで魔法使いだな・・・。望みって言われてもなあ・・・。俺みたいな普通の奴の望みなんて、 働かずに一生食っていきたいとか、彼女欲しいとか、だいたいそんなもんだしな・・・。 そっちだって、だいたい俺の欲しい物の目星つけてから、こうやってセールスしてるんだろ? だったら精々、めちゃくちゃ自給の良いホワイト企業に転職するコネでも用意して売るくらいしかないんじゃないか? まあ、それなら買わないこともないが、売るもんなんて俺には――― 郵便屋:ええ、ええ!目星はつけております、あなた様の欲しいものは!あなたさまに目はつけておりましたので! 昨日、偶然にも!あなた様が公園で野鳥を傷つけようとしているのを見たときから! 購入希望の男:・・・は?なんだよ、それ。 郵便屋:下手な演技はごめんですよ!間違いありません!昨日、わたくしは見てしまったのです!そして魅入ってしまったのです! ああ!素晴らしい、と!戦う意思が強い!野鳥にここまで強く戦う意思をぶつけて、的確に傷付けつことができるとは! 動物愛護団体や野鳥の会の方が見たら怒り狂ったことでしょう・・・。しかし幸いにも、わたくしはどちらでもないのです。 さあ、あなた様はなぜ野鳥相手に戦おうとしていたのですか?いえいえ、それは聞かないでおきましょう。 人には秘め事のひとつやふたつ、みっつやよっつありますからね。つまり何が言いたいかと言うとわたくしが売れるのはですね、 購入希望の男:俺に、戦う理由をくれ。 郵便屋:・・・ほう? 購入希望の男:俺にあるのは、戦う意思だけだ。何かを徹底的に倒そうとしている。だけど何かが分からない。・・・変な話だろ? 郵便屋:それは、一種の殺人衝動と捉えても宜しいでしょうか? 購入希望の男:なんだって構わない。俺は、このままでは関係ない人まで殺してしまう。今は野鳥を攻撃するだけで済んでいるが、もう限界だ。 お願いだ、俺に敵をくれ。明確な戦う理由をくれ。 郵便屋:良いでしょう!わたくし、あなた様が気に入りましたゆえ!素晴らしい戦う理由をお売り致しましょう! して、代わりに何を差し出すと? 購入希望の男:なんだって良い。そうだな・・・お前の欲しいものをなんでもひとつ、譲るっていうのはどうだ? 郵便屋:良いのですか?もしかしたら、この部屋や車どころか、あなた様の臓器をなんでもひとつ、取っていくかもしれませんよ? 購入希望の男:誰かを殺そうとしていて、その誰かが分からないから戦う理由をくれなんて言う奴にはそれが相応しい・・・。そうだろ? 郵便屋:なるほど!では商談成立と言うことで!あなた様からひとつ譲っていただく代わりに、戦う理由を差し上げましょう! 購入希望の男:・・・あれ?俺なにしてたんだっけ・・・? あ、そうだ。俺は、彼女の為に彼女を苦しめているあの悪党を殺さないといけないんだった。 法ではなかなか裁けないって聞いて・・・聞いた・・・・・・?あれ? 彼女を助けなくちゃ・・・助けなくちゃ・・・助けなければいけないのに・・・。 戦いたくない、なんで戦わなきゃいけないんだ。なんだ、この感覚・・・。 彼女には、あいつらが消えれば俺と結婚してくれるって言われたのに・・・。なんでそんなことしなきゃいけないんだ・・・。 めんどくさい・・・。 郵便屋:確かに、あなた様を戦いに誘う(いざなう)、戦う意思・・・譲って頂きました・・・。 戦う理由と意思はふたつでひとつ、片方でもなくすとこうなってしまうのでございます。 意思がないと理由があってもやる気が出ない、強制されては嫌になる。 理由がなくては意思があってもそれはただの、理由なき衝動で動く者。 良いお勉強になりましたね。そもそもあなたは忘れているのです。 一週間ほど前わたくしに、なんでも譲るから彼女を助けてくれと言ったことを。 そう言って、戦う理由を売ってしまったことを・・・。 可哀相に・・・戦う意思ごと記憶も曖昧になってしまったのですね。わたくしも、流石にそこまでにアフターケアは致しておりません。 ちなみにその彼女、わたくしの顧客でして・・・。よく、人との関係を売って、お金に換えるとんだ阿婆擦れなのです。 あなた様は、女性を見る目を購入された方が宜しいと思います。さーて、本日の郵便屋の与太話、これにてお終い・・・。
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