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取り引きした男の話

  • 雪山ゆき
  • 2019年3月2日
  • 読了時間: 7分

セバスチャン 男性。顔が野獣という呪われた姿。でも優しい。


エレナ 使用人の娘。優しく元気な可愛らしい女性。






セバスチャン「私は、ただただ死にたいと思っていた。もう生きていることが辛かった。


       息がするのが苦しかった。目を開けていることも、自分がこの世にいることも、

 

       もうとっくに嫌だった。疲れ果てていた。でも、それでも、私は―――。」




エレナ「セバスチャン様、おはようございます!今日はとっても良い天気ですよ!」


セバスチャン「おはよう、エレナ。そうか、それは良かった。最近あまり太陽を拝んでいなかったからな。


       そろそろ眩しい太陽、青い空、小鳥の声が恋しくなっていたんだ。」


エレナ「ふふっ。セバスチャン様ったら、おかしい。」


セバスチャン「ん?私は今、何かおかしいこと、笑われるようなことを言ったかね?」


エレナ「あら、お気づきでない?」


セバスチャン「焦らすでないよエレナ。一体、何がおかしいんだい?」


エレナ「私が出会った頃のセバスチャン様は、そんなことおっしゃいませんでしたもの。


    きっと、外の様子なんて、これっぽっちも興味をもたなかったわ。


    だから、なんだか、おかしいような嬉しいような気持ちになってしまいましたの。」





セバスチャン「そうだ、エレナがやって来た日のことは鮮明に覚えている。


       村から遠く離れたこの森の奥。私がひとりでただ、生きているか死んでいるかも分からず、


       そんなことをどうでもいいとさえ思い始めたころ、彼女はボロボロの容姿でやってきた。


       そして、家の戸を叩いたのだ。はじめ彼女は、出てきた私を見て、一瞬おどろいたようだった。


       それはそうだろう。体はスマートな、青年なのに、頭が野獣のような、いや、野獣そのものだったのだから。


       しかし彼女はすぐに笑顔になって、ボロボロの容姿とは真逆の、希望に満ちた声で言ったのだ。


       こんにちは、新しい使用人は必要ありませんか?と。


       そのまま勝手に家に押し入り、彼女は私の身の回りの世話をするようになった。


       変な娘だ、風変わりで、奇妙で、理解できない。気持ち悪い娘だと思っていた。」




エレナ「セバスチャン様、今日はシーツを干しましょう。いえ、家中の洗濯できそうなものは、


    すべて洗濯いたします!集めるの、手伝ってくださいません?」


セバスチャン「手伝って、一体わたしにどんなメリットが?」


エレナ「そうですね・・・手伝ってくださったら、夕食のハンバーグが増量します!いかがです?」


セバスチャン「なるほど、それは悪くないな。しょうがない、嫌で嫌でしょうがないし、


       こんなことに時間を割きたくないが、手伝ってやるしかないな。」


エレナ「ふふっ。セバスチャン様は面白いです。今日も素敵ですわ。」


セバスチャン「こんな醜い、村の人々に忌み嫌われた私に、そんなことを言うのは君くらいだよ、エレナ。」





セバスチャン「エレナが来てから、もう半年が経とうとしていることに、気づかないほどに、


       彼女との生活は楽しく、そして穏やかなものであった。」






エレナ「セバスチャン様・・・。」


セバスチャン「どうしたんだい、エレナ。洗濯物は、干し終わったのかい?」


エレナ「ええ・・・。それは今おわったところです・・・。セバスチャン様、庭で小鳥が死んでいて、それで・・・。


    どうにか、できませんか。」


セバスチャン「そうか、それはとても辛いものを見てしまったね、エレナ。」


エレナ「セバスチャン様、小鳥を、どうにかしてあげてください・・・。」


セバスチャン「エレナ、どうにもできないよ。私にはどうしてあげることもできない。」


エレナ「・・・・・・そう、ですか。」


セバスチャン「そうだね、このままでは可哀相だ。埋葬してあげよう。私も手伝うよ。」






セバスチャン「その日のエレナは大変落ち込んでいて、今までの元気さが嘘のようであった。


       小鳥が死んでいるのを見たのは悲しいことだったろう。


       しかし、そんなに、そこまで、まるで家族が死んでしまったかのように落ち込むものなのだろうか?


       私は疑問に思いながらも、夕食を終えると、エレナが取り込み、しわ一つなくメイキングされたベッドに


       体をあずけた。」




エレナ「・・・セバスチャン様。起きてらっしゃいますか、セバスチャン様。」


セバスチャン「・・・エレナ、かい?一体どうしたんだい、こんな夜中に。」


エレナ「セバスチャン様、私、大きな勘違いをしていたのかもしれません。いえ、騙されていたのかもしれません。


    それで、私、もうどうしたら良いのか分かりません。」


セバスチャン「大丈夫かいエレナ、君のような娘に泣かれてしまっては、私はどうすることもできないよ。」


エレナ「私、私・・・セバスチャン様のおはなしを、村の人に聞いたんです。それで、ここまで来ました。」


セバスチャン「私のはなし、かい?どうせ、獰猛で恐ろしい、野獣の顔を持つ、呪われた生き物が棲んでいるとか


       そういうたぐいの話だろう?」


エレナ「そのおはなし、続きがあるんです。」


セバスチャン「続き?どんなはなしだったんだい?」


エレナ「その呪われた生物は、呪われし姿を持つ代わりに、死した者に命を与えることができる・・・と。」


セバスチャン「なんということだ・・・エレナ、そんなはなしを、村の人々が?」


エレナ「ええ・・・。だから私、ここに来たんです。本当に、本当に、どうしようもなくて、それで・・・。」


セバスチャン「落ち着くんだ、エレナ。君は、なんのためにこんなところへ来たんだい?


       私がいくら聞いても君は答えてくれたなかった。でも、今、言うべきだ。そうだろ?」


エレナ「私、婚約者がいたんです。でも彼は、馬車にはねられて、命を落としてしまいました。


    悲しくて苦して辛くて・・・私はもう何日も何日も部屋に閉じこもって死んだようになっていました。


    すると、村の人がやってきて、言ったんです。あの森に棲む野獣には、」


セバスチャン「死した者に命を与える力がある・・・と?」


エレナ「はい、私、走ってここへ来ました。でも、噂に聞くあなたは恐ろしい方。取り入るしかない。だから、


    だから、使用人になろうと、思いました。」


セバスチャン「そうだったのか・・・。」


エレナ「すべて、無駄、だったんですね。そう、無駄だった。あなたには死した者を生き返らす力などなかったのですね。」


セバスチャン「そう、だね・・・。いや、それは違うかもしれないよ、エレナ。」


エレナ「どういうことですか?」


セバスチャン「私の昔話に付き合ってもらうことになるが、いいかね?そうだ、泣いて疲れてしまっただろう。


       お茶でも・・・。」



エレナ「いいえ、かまいません。このままおはなしを聞かせてください。」


セバスチャン「私はね、昔は普通の人間だった。君のように可愛らしくて、表情のくるくる変わる、素敵な婚約者がいてね。


       しかし皮肉なことに結婚前夜に彼女は病に倒れた。寝ずに三日三晩、看病したものだ。


       その甲斐もなく、彼女は息を引き取ったしまった。私も君と同じだ、悲しくて悲しくて、


       彼女のもとに行こうと、死ぬことさえ考えた。そんなときだだった。


       東方の森、そうだね、ここから更に遠くの森に、悪魔が棲んでいると聞いたんだ。


       奴は人間と取り引きをすることがあると、そんなうわさ話だった。


       私は藁にも縋る気持ちで、森へ向かった。すると、どこからともなく声が聞こえてね。


       きっとあれは悪魔の声だったんだろう。取り引きをした。私はどうなってもいいから、


       婚約者をよみがえらせる力をくれ、とね。」


エレナ「・・・それで、婚約者の方は、生き返ったのでしょうか。」


セバスチャン「生き返らなかった。私は取り引きで今の姿となった。それなのに、彼女は生き返らなかったんだ。


       悪魔に抗議しに向かったさ。するとね、その声は言ったんだ。


       埋葬しちまったらダメだ、埋葬する前に、お前の心臓を口にねじ込めば、助かったかもしないのにな、とね。」


エレナ「・・・そんな、ひどい・・・。」


セバスチャン「私はこんな姿だし、村にはもう居場所はなくなった。何もない時間が続いた。


       死体のように、この森で生きてきた。そこへ、エレナ、君がやってきたんだよ。


       ・・・それでね、エレナ。一つ確認したいことがあるんだが、いいかい?」


エレナ「え、ええ・・・。」


セバスチャン「君の婚約者の死体は、まだ埋葬していないのかい?」


エレナ「分かりません・・・。私はもう、半年もここにいます。埋葬されているかもしれません・・・。」


セバスチャン「そうかい。どうか分からないんだね。そうか・・・。


       エレナ、お願いがあるんだ。聞いてくれるかい?」


エレナ「なんでしょう。」


セバスチャン「私を、殺してくれないか。」


エレナ「・・・え?」


セバスチャン「私を殺して、私の心臓を持ち帰るんだ。そして、彼が埋葬されていなかったら、」


エレナ「待ってください!もし彼が埋葬されてしまっていたら・・・!」


セバスチャン「君にとって、私の死は無駄になるだろうね。でもね、エレナ。私はもう、充分生きた。


       もう、死んでいるようなものだった、半年前までは。」


エレナ「セバスチャン様・・・。」


セバスチャン「私はね、君がいたこの生活が本当に好きで、楽しかったよ。生き返った気分だった。


       この半年、実に充実した日々だった。だからね、もう良いんだ。


       だからね、お願いだ、殺してくれ。君の、力になれれば、なりたい。


       ならないかもしれない。でもね、私は、君の力になりたいということを言い訳に、


       死にたいんだよ。」


エレナ「ごめんなさい、ごめんなさい、セバスチャン様・・・ごめんなさい。騙していて、ごめんなさい・・・。」


セバスチャン「良いんだよ、エレナ。・・・ありがとう。」








セバスチャン「この後どうなったか、私が知るよしはない。」



   

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