そして僕は奏でることができなかった
- 雪山ゆき
- 2019年1月5日
- 読了時間: 3分
奏(かなで) 高校生、男
波那(はな) 高校生、女
奏 僕は今日も上を向く。空を仰ぐ。まるで、それしかできないように。
いや、それしかできないのかもしれなかった。
隣りを見るといつも君がいて、君はいつも僕を見ていない。
その現実は僕にとってあまりに残酷だった。だから、
奏「たまにさ」
波那「たまに?」
奏「お腹がすくと、卵焼きが食べたくなるんだ」
波那「卵焼き?なんで?」
奏「あったかくて、まるくて、やわらかい。優しい。」
波那「まるいかな・・・?」
奏「昔、母さんがいないとき、僕のうちで2人で卵焼き作ったの、覚えてる?」
波那「覚えてる!甘く作るかどうか喧嘩になって、結局決まらなくて、
色々調味料入れちゃって、失敗したよね。」
奏「そう、あれ、また食べたい。」
波那「失敗したのに?」
奏「うん。」
波那「奏ってたまに変なこと言うよね。理解できないこと。
いつもは格好つけてるのに、たまに、こう、変。」
奏「そうかな?」
波那「そうだよ。だいたい、学校帰り一緒になったら、
今みたいなこと言い出す。不思議ちゃんならぬ、不思議くんだね。」
奏「波那にとって僕は不思議なのか。」
波那「ちょっとね。いや、かなり。」
奏 隣りを歩いて君は笑った。その笑顔が、僕のだけのものであったらという
そんな気持ちになってしまう。君と話すとなってしまう。
それが罪である気がして、それが許されない気がして、僕は上を向くのだ。
波那「それじゃ、私、今日は用事あるから、またね。」
奏「用事?何かあるの?」
波那「宮田くんとこ行くの。試験近いから。あいつ、文系からっきしだし、
私がいないとたぶん赤点。」
奏「宮田・・・あー、なるほど、彼氏んとこか。」
波那「まだ全然実感わかないんだけどね。半年経ってないし。
でも、あいつ私がいないと何もできないから。」
奏「そっか。楽しそうだな。」
波那「そうかな?まあ、楽しいかな。」
奏「良かったよ、楽しそうで。」
波那「奏も早く良い人作りなよ?幼馴染だからって、私といつまでも一緒に
帰ってないで、彼女とイチャイチャラブラブ帰るくらいじゃなきゃ。
いつまでもこどもじゃないんだからさ。」
奏「そうだな。」
波那「奏はさ」
奏「うん?」
波那「好きな子とか、いないの?」
奏「いるよ。」
波那「いるの!?誰!?」
奏「いないんだよ。」
波那「どっち!?」
奏「その子の頭の中には、目にうつる景色には、きっと僕はいない。」
波那「んー、相変わらず難しいこと言うね。」
奏「いいんだ、僕の景色に、その子がいれば。それで幸せなんだ。」
波那「はー。よくわからないなあ。」
奏 僕は嘘をついた。それで幸せなわけがあるか。僕は聖人君子じゃない。
君を独占したくて、したくて、頭がおかしくなりそうなのに。
波那「まあ、じゃあ、なんかわかんないけど頑張ってね。」
奏「ありがとう、波那」
奏 僕は、波那に手を振り、後ろ姿を眺めた。
こんなに近くに、いつもいる。ずっといるのに。
彼女の心はまったく僕に向いていないのだろう。
卑屈すぎると言われるかもしれない。でも、
彼女の心は僕のものにはならないのだ。
あの微笑みも、眼差しも、心も、ある日あっという間に
知らない奴にさらわれてしまったから。
いつまでも波那に執着して、前に進めず上を見上げるだけの僕は、
やはり、いじけているだけの、ただのこどもだった。
奏「そろそろ、進まなきゃいけないのかな。」
僕は呟くと、家に向かって歩き出した。
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